料理の鋼人はがねびと
包丁を磨く



 料理人にとって包丁とは命の次に大切な物である。多くの料理人は、自分の包丁を研ぐことをその日の最後の仕事とし、他所へ出向く時であっても自分の包丁を手元から離すことはないという。

 そんな包丁をぞんざいに扱う男がいる。その男の持つ三振りの包丁は職人が手で打った物であり、銘も入った一品だ。
 しかし、その包丁はほとんど手入れされることはなく、ここ数年は砥がれる事もなく錆びるがままに放置されている。あまりに哀れな包丁。その持ち主である男とは

 私の父だ。料理をよくするわけでもないのに無駄に道具にこだわった結果である。素人でも良い道具を使うべきだという考えには私は賛成だし、料理人でもないのだから毎日包丁を砥げなんてことは言わない。
 しかし、これはあまりにひどい。
   
左から小出刃、出刃、柳刃

 全体に錆が広がり、とても物が切れるようには見えない。作った職人が見たら泣くだろう。何より、この包丁で切った食材を少なくとも私は口にしたくない。

 持ち主が手入れしないのなら、私がするしかあるまい。
 こうして私は料理人への一歩を踏み出した。


 まずは錆を落とさなくてはならない。刃の部分だけなら砥石で十分だが、しのぎやみねまで錆びている以上はそうもいかない。紙やすり(1000番)と割り箸を用意する。
 和包丁は形が命だ。しのぎの形(図の赤い線)を崩してはいけない。刃表(図の青)を磨くため、割り箸に紙やすりを貼り付けて一方向に何度も動かす。
 これがかなり時間がかかる。目の細かいヤスリを使ったため、全然削れていかないのだ。
 一振りにつき一時間以上。完全に錆を落とすまでそれくらいはかかる。同じ方法でみね(包丁の背)も磨く。こちらは比較的早い。

 小出刃をのぞく二振りはしのぎ(図の赤い線より上の部分)も同じ方法で磨かなくてはならない。出刃包丁のしのぎは広い。見ているだけでくじけそうである。一日ではとても終わらないので、暇な時間を見つけて少しずつ。いつか終わることを信じて続ける。

 最後に裏側の錆を落とす。和包丁の裏面は曲がっているので、今度は直接紙やすりをこすり付けることになる。力が狭い範囲に集中するので、割り箸を使う表面よりも早く終わりそうに思う。しかし包丁は裏の方が硬い。表は鉄、裏は鋼が和包丁の基本だ。
 おかしな傷がつくと困るので、本気で力を入れることは出来ない。いくら紙やすりでこすってもまったく引っ掛かりを感じない。ある意味表側よりも大変だ。
 毎日時間を見つけて磨き続け、気がつくと表面を磨き始めた日から2週間が経っていた。
   

 錆を落としきった包丁だ。細かいやすりを使った甲斐もあり、鏡のように輝いている。ステンレス製の包丁しか知らない人なら「新品のようだ」というところだろう。しかし和包丁の真の姿はこうではない
 いよいよ包丁を砥ぐ。
 まずは水を良く含ませた砥石に刃表(図の青)をべったり付けるくらいにして前後に動かす。押す時に力を入れ、引く時は力を抜く。
 一ヶ所ばかり削らないように刃の元から先まで均等に砥ぎあげていく。

 刃裏にかえり(図の赤)ができるまで十分に刃表を砥ぐ。裏からさわって引っ掛かりを感じるくらいならそれでいい。
 包丁を裏返し、刃がほぼ水平になるくらいにまで寝かし、かえりを取る程度に砥いだら完成だ。

  

 紙やすりで磨いた時のような輝きはないが、表には刃紋のようなものが浮かび日本の刃物独特の美しさが見て取れる。これこそ和包丁だ。

 3枚の写真を見比べると変わっていく様子がよく分かる。錆びた包丁を手に取ってから3週間。長かったがようやく砥ぎ終わった。これで安心して年をこせる(実際に作業をしていたのは12月)。


ちなみに肝心の切れ味だが、実のところよく分からない。研いだあとの包丁は確かによく切れるが、砥ぐ前の包丁の切れ味は確認していないのだ。多分切れるようになったと思う。そう信じたい。





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