FIRST IMPACT
〜『なりきり』というモノ〜



 2004年8月、野村総研の調査によりいわゆる「オタク層」の市場規模が明らかになった。このうちでアニメ、コミック、ゲームの3つの分野のマニア層の消費規模の合計額は2000億円という結果が出た。これは当時のデジカメの市場規模より大きいということで、マスコミを賑わせた。
 他の消費者たちにも言えることであるが、マニアとかオタクとか呼ばれている人たちの目的は『消費』ではない。自分たちの好きなことをしたり、好きなものを手に入れたりするために金銭を使うのであり、その結果として消費や市場というものが成立するのである。
 先ほど上げた3つの分野の人間(あえて消費者とは言わない)の『好きなこと』の一つに、世界観の疑似体験というものがある。アニメを見る、マンガを読む、ゲームをするというのは全て、現実世界ではありえないようなことを頭の中で体験することだ。その中で主人公の境遇に涙したり、登場人物の葛藤に共感したりする。言い換えるとアニメ、マンガ、ゲームというのは現実にないことだからこそ面白いということだ。現実にありそうか、なさそうかという違いというのは個々によって異なるが、『実際にはない』からこそ疑似体験に魅力を感じるのだ。
 その疑似体験の最たるものに『コスプレ』がある。登場人物と同じ服装をすることで、より登場人物に近い気持ちを味わって楽しむというものだ。お互いをその登場人物の名前で呼び合ったりすることで、さらに強く疑似体験をすることもあるようだ。私自身はコスプレをしたことはないし、したいとも思わないが興味はある。実物を見てコスプレをしている他人の話をじっくり聞いてみたいとは常々思っている。
 これを『大きい子供がしているごっこ遊び』といってしまうと身も蓋もないが、場をわきまえて内輪で楽しむ分には私は問題ないと思う。しかし、どこの世界にも他人に迷惑をかける輩はいるもので、場をわきまえず、周囲を巻き込むんでごっこ遊びに興じてしまう人間がいる。なりきりと呼ばれるこの迷惑人間は意外に多いらしく、ネットで調べると警察沙汰になった例まで出てくる。

 以下は私自身が体験した『なりきり』との交戦を記録したものである。(これは2003年8月の日記から抜粋して一部改編しただけのものなので、すでに読んだ人は読み飛ばして結構です。)



 「それ」は弓道部の合宿から帰る途中。N県で起こった。私は1週間ある合宿の日程の内、ちょうど初日と最終日に就職採用試験を控えており、OBだからということもあり合宿を途中参加で済ませ、一人で帰っていた。青春18切符を使っての帰路、乗り継ぎの関係でN県の県庁所在地であるN駅で1時間の隙間ができたため、家族への土産をったあと、荷物をロッカーに入れてぶらぶらとしていた。夏の炎天下とはいえ、天気がいいということにひかれ町並みを見ながら、駅の周りをうろつく。

「おい、○○!」(覚えていないが○○はゲームか漫画にしか出てこないようなカタカナの名前。以後便宜上「トンヌラ」と表記する。)

 どこからか、おかしな声が聞こえた。いや、声はおかしくない。おかしいのは内容だ。今のは小さい子供の声には聞こえなかった。10代後半か20代前半の女性の声だった。明らかに現実にはない名前で人を呼んでいるわけだから、その本人もきっと現実にはないような名前を持っているのだろう。そこから考えられることというと‥‥‥そんな歳で「ごっこ遊び」?!いくらなんでもそれはないだろう。しかし、「トンヌラ(仮名)」などと呼ばれる人間の顔はおがんでみたい。
 そんなことを考えている間にもその声は近づいてくる。どんどん近づいて、もうすぐ後ろに‥‥。15歳くらいの女の子が二人目の前に出てきた。一人が口を開く

「トンヌラ(しつこいが仮名)、無視するなよ!」

 ぱっと見た感じは二人とも普通、ボーイッシュな服装で、もしかしたら男の子と間違えることもあるかもしれない。顔は、美人というよりはハンサム。少なくとも不細工ではない。見知らぬ街で、子供とはいえ知らない女性に声をかけられることが生涯であるとは思わなかった。大事なことはそんなことじゃない


トンヌラって俺のことか?!

 私はそんなあだ名やハンドルネームなど持っていないし、もちろん本名ですらない。そもそも目の前の二人組み自体会ったこともない他人だ。その「トンヌラ(仮名)」とかいう人と私とを勘違いしているようだ。というか、日本はおろか世界中探してもそんな名前の人間はいそうにないが。
 とりあえず人違いだということくらいは伝えて、出来ることならその「トンヌラ」を見てみたい。

「僕はそんな名前ではありませんよ。人違いじゃないですか?」

 ちょっと変わった人が相手だが、年下であろうが初対面の人にはあくまでも丁寧に失礼のないよう答える。しかし、二人の返事はそんな私の気遣いを真っ向からぶった切ってくれた。

「何を言ってるんだトンヌラ!私だザルソバ(仮名)だ!」
「このワサビ(仮名)のことも忘れたのか?もしかして記憶が戻ってないのか?!」


(この二人の名前もよくわからないカタカナの名前だった。以下便宜上、一人目を「ザルソバ」、二人目を「ワサビ」と表記する。)
 ちょっと変わった人ではなくだいぶ変わった人のようです。何の話をしているのかさえ理解できませんが、どうやら勘違いではなく私を本気で「トンヌラ」と思い込んでいるようです。
    Yang
HP : 52/65
MP : 20/25
LV :  10




▲こうげき
 どうぐ
 じゅもん
 にげる
ふしんじんぶつ があらわれた。
ふしんじんぶつ があらわれた。 



 どうやら、厄介な人間に絡まれてしまったようです。

 私の中の何かが危険を察知し、既に「やばい物センサー」は黄色点滅です。二人は私の動揺など、まったく気にかける様子もなく話を続けます。

「トンヌラ思い出せ!われわれは前世でワンワン王国(仮名)の戦士だったんだ。しかし魔王クッパ(仮名)によって王国は滅び、われわれとピーチ姫(仮名)は戦死した。」
(以後、それぞれを「ワンワン王国」、「魔王クッパ」、「ピーチ姫」と表記する。ネーミングセンスがないのは許していただきたい。)
「私たちとピーチ姫は転生し、現世では私とザルソバは女性になってしまった。姫を守るには男として転生したトンヌラの力が必要なんだ。」
「そうだ。私たち二人の他にも転生して記憶を取り戻した仲間がいる。これは魔王クッパの復活が近いという証拠だ!」
「トンヌラ!私たちと一緒に来てくれ。そうすればすぐに全部思い出すはずだ!!」


 明らかにゲームか漫画の中の世界の話をしています。訳のわからないことを口々にしゃべり続け、だんだんと声も大きくなってきます。こんな方々と関わっていたら何をされるかわかったもんんじゃない。しかもこんなのに仲間がいるというのだからさらに驚愕。「一緒に来て」というのは拉致未遂には当てはまらないんでしょうか。
 こいつらは‥‥本物だ。困ったときは周囲に助けを呼ぶのが一番。幸いここは人通りが多い。一人くらいは助けてくれるでしょう。しかし、私から半径2メートルの範囲には彼女ら2人しかいない。道行く人全員が明らかに私たちを避けています。モーゼの十戒のように割れている人の流れ。その中心はもちろん私です。助けを求めようと周りを見ても、誰一人として目を合わせてくれません。
N県民、薄情だよ‥‥。

 20年間生きてきた中で、怖い人に出会ったことはありますが、本気でおかしい人にであったことはありません。今までに体験したことのない種類の恐怖に脳が働きを止めてしまっています。まずは現状を理解しなければという思いが先行して言葉を交わしてしまいました。

「あなた方が言ってることをまとめると、私は前世であなた方の仲間でワンワン王国の戦士でピーチ姫という人を守っていたということですよね?」
「思い出したのか?!トンヌラ!!」
断じて違う!!

「あなた方の言ったことをまとめただけです!私にはそんな記憶はまったくありません。人違いです!」


 思わず大声になってしまうものの、相手の二人は聞く耳持たず。都合のいいことしか聞こえていないようです。「思い出し始めている」とか言い出しました。
 このあたりから、さすがに冷静になり始め、状況理解云々よりもこの二人から離れるのが一番だということに気づきました。しかし、ただ逃げただけでは2対1は非常に不利です。しかも今は身軽とはいえ、この駅のロッカーに荷物がある以上、ここから離れてももう一度戻ってこなくてはいけません。周囲に助けを求めても、反応はなさそう。駅員に言えば聞いてはもらえるだろうが、2人に「友達」と言われてしまうとどうしようもない。実力行使という言葉がふと浮かんだものの、人通りの多い往来でいきなり男が女を殴れば、男が悪いことになるのは明白です。
 ともかく、こういう輩はストーカーなどと一緒でひたすら否定するしかありません。逃げる方法を考えながら、冷静になるように自分に言い聞かせる。周りの人を見るも、この間、誰もこちらを見ようとせず。自分の身は自分で守らなくては。荷物があって自分がこの場を離れられない以上、この二人にどこかへ行ってもらわなくては‥‥。どこかってどこへ?警察?実害がない今、国家権力が動くわけがないし、仮に動いたとしても自分も事情聴取される可能性が高い。というと病院?やはり実力行使しか‥‥。だめだ!考えが浮かばない!!そんなことを考えているうちに、二人は勝手に話を進めていく。

「そうだ、シンシュウ(仮名)たちを呼ぼう!」
(以下「シンシュウ」と表記する。)
「恋人だったシンシュウに会えば思い出すはずだ!!」


    Yang
HP : 23/65
MP : 20/25
LV :  10




 こうげき
 どうぐ
 じゅもん
 にげる
ワサビはなかまをよんだ。
ザルソバはケータイをさがしている。 



やばい!!

 2対1なら逃げることも最悪、実力行使も可能かもしれないが3人以上になればそれも出来ない可能性がある。何か方法はないのか‥‥?
  ・
  ・
  ・
  ・
 ひらめいた!!


    Yang
HP : 12/65
MP : 20/25
LV :  10




 こうげき
▲どうぐ
 じゅもん
 にげる
 けいたいでんわ     さいふ
▲せいしゅん18きっぷ  みず 



 三十六計逃げるにしかず!!青春18切符を持っている俺なら改札はフリーで出入りできるが、二人は切符を買わなくてはいけないはず。そのタイムラグが勝負だ!
 二人の話を無視して駅に入り、改札を目指す。青春18切符で改札を抜け、電車の時間を見る。2分後にT狩N温泉行きがある。

「どこへ行くんだトンヌラ!」
 改札の前で騒いでる二人に時刻表を指差し、「T狩N沢温泉」と一言伝える。あわてて切符を買いに行く二人。
「切符を買うから少し待ってろトンヌラ。私たちも一緒に行く。」

 「待ってろ」か、「一緒に行く」か‥‥。




















待っててやんぜ!!

 ホームに下りる階段の手前で二人を待ち、二人が改札を通る直前にホームへ降りる。ダッシュで階段から離れ、二人が降りてくるのを待つ。
 降りてきた二人が見えるように電車に乗り込み、ホームの二人がこちらに走ってくるのを確認してから今度は電車の中で二人の方向に向かって歩く。
 電車の中と外で二人とすれ違う。向こうは気付いていない。ちょうど、車掌が笛を吹く。笛の音が途切れると同時にホームへ出る。扉が閉まり動き出す電車。
 ホームには私一人しか残っていない。



成功だ!!

 二人をまくことに成功した。二人の乗ったT狩N温泉行きの電車は、ちょうど私がN駅まで来るのに乗ってきた電車で昼間は1時間に2本しかない上に、1駅10分以上かかる。30分は戻ってこれないはずだ。結果としては逃げたことになるが、気分は大勝利!ちょっかいかける相手を間違ったとじっくり後悔するがいい。

    Yang
HP : 10/76
MP : 20/25
LV :  11




 こうげき
 どうぐ
 じゅもん
 にげる
Yangはレベルがあがった。

さいだいHPが11アップした。


 ↑こんな気分です。
 それでも油断は禁物。ロッカーに入れていた荷物を取り出し、上着と手提げかばんを荷物の中に入れて、眼鏡をかける。これで気休めにはなる。

 その後、家に着くまでの数時間、周囲に注意を払いながら帰ることになりました。



 実は非常に不本意ではあるがこの3ヵ月後の2003年11月にSECOND IMPACTを経験することになる。興味のある人はリンクから飛んで読んでみられたし。


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