極刑希望の署名
〜アイツを殺してください〜



 2001年6月8日、大阪教育大付属池田小学校に出刃包丁を持った男が乱入。1、2年生の児童8人を刺殺し、児童、教師15人に重軽傷を負わせた。容疑者、宅間守はその場で教師に取り押さえられ、大阪府警が殺人未遂容疑で現行犯逮捕。
 2003年8月28日、第一審判決。大阪地方裁判所は死刑を言い渡し、2004年9月14日、宅間守の死刑が執行された。

 多くの人が驚いた『大阪教育大学付属池田小学校・児童殺傷事件』である。


 容疑者である宅間守の公判が始まる前、私は同級生からある署名を求められたことがある。はっきりとは覚えていないが『宅間守の極刑を求める署名』と書かれていたと思う。その同級生は件の小学校の卒業生だったのだ。
 その場にいた皆が署名する中、私一人がそれに応じずおかしな目で見られたことが今も印象に残っている。

 遺族にしてみれば家族が理不尽に殺されたのだから、犯人を死刑にしてほしいと願うのは当然のことといえるだろう。署名を集めるのも理解できる。それに対して多くの人が共感するというのも分かる。
 しかし関係者でない人が軽々しく署名をしていることに当時の私は強い違和感を感じていた。署名をしている人は「署名くらい」という軽い気持ちなのかもしれないが、その署名によって人間一人の命がなくなるかもしれないのである。
 「あんな奴は死んだ方がいい。」と思っているだけとは訳が違う。

 意地の悪い見方になるが、署名とはあることを望む人の数を示すことで行政や司法に圧力をかける行為である。先の署名に名前を書くというのは裁判官に対して「宅間守を殺してください。」と頼んでいるのと同じことなのだ。

 個人的な意見を書かせてもらうならば、死刑求刑の署名に名前を書くにはその相手に対して銃を向けて引き金を引ける程度の覚悟が必要だと思う。



 あなたが今まで書いた署名は、これから書く署名は、本当に自分の望んでいることなのか。今一度考えてみて欲しい。


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